私は筋金入りの占い好きでして・・・
本格的に学び始めたのは算命学が最初で16年前からですが、私が占いに目覚めたのは、小学2年生のときでした。
両親の不仲を認識した時期でした。父と離婚し、遠方の実家に帰るということを母に伝えられたときに感じたのは、「転校生になる」という恐怖でした。臆病で人目を気にする自分自身が転校生になるのは耐えられないと絶望したのをよく覚えています。
おそらくそのころは、占いが流行っていたのだと思います。少女漫画の雑誌の別冊にも12星座の本がついてきてましたからね。
そして天秤座だった私は、その雑誌の付録の星占いに「天秤座の子は人づきあいが上手。転校しても周りと仲良くできる」と書いてあったその言葉が、私の心を救ってくれました。(むしろ天秤座の宿命は転校生みたいな衝撃と納得感)
ただ、このタイミングでは両親は離婚には至らずでした。それは妹が両親が離れ離れになるのは絶対嫌だ、どうしてもと言うなら父親のもとに残る!と頑として譲らなかったからです。妹は蟹座なので「家庭的」だからね。という星座別の特長で納得できたのも私がすっかり占いの虜になってしまった要因でもありました。(今は星座で語るのは簡易的というのは学びました!)
小学生のころは、毎日の占いが掲載されている「My Birthday」という雑誌もあって、学校に行く前に必ず運勢を確認してから行くほどはまっていました。
そのときは西洋占星術の星座を見ていて、ホロスコープ(そのころは手書き)を作ってみたりしてました。
その後、学生時代に「六星占星術」の「大殺界」が流行り、振り返ってみたときにわりと当たっているという印象があったことから、「大殺界」を信じるようになり、その流れで四柱推命などにも興味がわいて、自分の命式を作ってみたりしたこともあります。
まだ全然理解が浅かったころでも、私の宿命は西洋でも東洋でも偏っているなと感じていました。
算命学では私は金性&財星多過(お金・物質への執着や才能が強く出る宿命)、ホロスコープでは2ハウス(所有・お金・才能)3ハウス(情報・通信・交通)のステリウムという宿命です。財星多過は2ハウスステリウムに通じていますし、3ハウスは伝達・情報の世界ですが、算命学では「調舒星」がこれに充当できます。金性多過は土星の位置かな。なんて思って2種類の宿命を眺めています。
西洋占星術と算命学の宿命には、共通点があり、それはきっと自分の才能であり、やるべきこと、逃れられないことがリンクしているなと感じました。
昨年まで私は天中殺(大殺界)の時期でした。今回は、一生の中でも大きな過渡期になるはずと身構えていました。天中殺期間は普段通りに行かない時期なのですが、陰陽の法則でそれが良く出るか悪く出るかが読みにくいんですよね。西洋占星術を併用することで、違う視点が加わり、実際にどの部分に反映しそうかが推測できたことでとても柔軟に対応できました。
何よりも「占い」に対する強い思い込みから解放されたことは、とてもよかったと思っています。
具体的には、今回の私の天中殺は大運天中殺という20年間続いた特別な時間が終わる時期でもあり、その時期に天中殺が当たるという、大きな節目の年回りでした。一般人なのでそこまで大きな運気の落差はないはずなのですが、大運天中殺に入るタイミングが結構大きなうねりの中にいたという自覚があっただけに、終わるタイミングも大きなうねりが来るのかと覚悟していました。
ところが、西洋占星術のプログレスを学び、自分のホロスコープを見てみると、P木星がN太陽に合というスペシャルな時間の中にいることがわかりました。算命学でいうところの「接運(大運のつなぎ目)」の前後数年は注意が必要というのがあり、それは本当にその通りなのですが、西洋占星術の私の宿命では「人生の幸運期」に当たるということを知り、とても心が軽くなりました。
「新しいことを始めない」というのは、天中殺時間のセオリーですが、「自然に始まることもある」ということをポジティブに受け入れることができたのは、ホロスコープのおかげです。
そして、算命学による大運天中殺明けの年運天中殺の時期と西洋占星術のプログレスでの大きな節目の時期とが、ぴったりと重なるということも宿命には共通点があるということをしみじみと感じています。
東洋と西洋、それぞれの視点を持つことで、宿命はより立体的に見えてきます。それが、私が両方を使って鑑定している理由です。

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